<   2013年 03月 ( 12 )   > この月の画像一覧

  首里城続き
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左 大庫理(うふぐい) 日常的には王妃や身分の高い女官たちが使用した空間であった。
国王の椅子については、1477~1526年まで在位した  尚真王の御後絵(肖像画)をもとに再現したものです 
右 右掖門(うえきもん) 歓会門、久慶門から淑順門へ直接通じる門で、往時は淑順門から御内原へ
入った。別名寄内御門(よすふぃちうじょう)ともいい、創建は15世紀頃と伝えられる。
ここも沖縄戦で失われましたが1992年~2000年にかけて復元されていて朱色の櫓も設置されました。
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右 淑順門(しゅくじゅんもん) 国王やその家族が暮らす  御内原(おうちばら)と呼ばれる場所への
表門で、別名「みもの御門」「うなか御門」ともいい、門の造りは櫓門形式・入母屋造・本瓦葺となっている。
この門は2010年に復元された新しいものです。まだ朱色も鮮やかな櫓が新しい石門の上にのっています。
左 久慶門(きゅうけいもん) 首里城外郭の北側に位置し、かつては通用門として主に女性が利用していた
そうですが国王も北に向かって出かける時にはこの門を利用していたとか言われていました。
復元も1983年と比較的早めで塗の無い木造の櫓は時代さえ感じられ位置も下から見上げると
高いこともありかなり立派に見えます。
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首里城より市街を望む,遠方に海も見えています。
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首里城見学後沖縄最後の昼食を自由食   
首里城のレストランにて、沖縄名物の
沖縄そば。コシのあるツルツル麺であっさりスープ,おいしくいただきました。
タコライスはご飯の上にお野菜をいっぱいのせて、ケチャップ味のタレをかけていただきました。
飲み物はフレッシュジュース シークヮーサージュース首里城を汗をかきかきの見学でこれは
酸味も入りのどをうるおしました。
お天気に恵まれ美味しいもの珍しい物をいただき3日間元気に見学し満足で那覇空港に・・・・


   
 
   
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by star-land9 | 2013-03-28 18:01 |
  首里城続き
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左 漏刻門(ろうこくもん)(漏刻とは中国語で水時計という意味) 櫓(やぐら)の中の水時計で時刻を計ったことで名付けられた門。 別名「かご居せ御門」(うじょう)。身分の高い役人も国王に敬意を表してここで籠(かご)を 降りました。
右 広福門(こうふくもん) 東側には戸籍の管理をする「大与座」(おおくみざ)、西側には寺や神社を
管理する「寺社座」がありました。別名「長御門」(ながうじょう)。現在は券売所。
        
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首里城正殿(しゅりじょうせいでん) 約500年にわたり琉球王国の居城として政治・経済・文化の
中心であった。
木造三階建て、本瓦葺き。 高さ 約16m(基壇約1.9m)計約18m 幅 約28.8m
奥行き 約17.0m 延べ床面積 約1,200㎡(363坪)正殿の遺構を保護するため、約70㎝の盛土
柱 一階 101本 二階 96本 三階60本  木材 タイワンヒノキ 
唐破風向拝柱の4本:イヌマキ(チャーギ)  外壁:イヌマキ(チャーギ) 瓦 約57,900枚
彩色・塗装 金龍・獅子など一金箔貼り 向拝朱色一漆下地、桐油朱塗(桐油とは油桐の種子から
採れる油、中国原産) 左は正殿大龍柱(せいでんだいりゅうちゅう)(吽形うんぎょう)
右は正殿大龍柱(せいでんだいりゅちゅう)(阿形あぎょう)高さ4.1m(龍柱(3,1m台座1m)
台座:琉球石灰岩 材質:細粒砂岩(与那国島産)
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左 唐破風妻飾(からはふつまかざり) 唐破風の妻壁には中央に火焔宝珠(かえんほうじゅ)と大蟇股(だいかえるまた)、両脇には金龍と瑞雲の彫刻が施されている。
牡丹唐草 向拝部奥小壁には、牡丹の花を中央にあしらい小壁の幅に唐草が広がった彫刻が施されている 獅子と金龍 正殿はさまざまな彫刻で飾られているが、木彫刻にも優れた技術が見られる。
向拝部奥小壁に立体的に彫られた獅子と金龍もそのひとつである。     
右 御庭(うなー) 御庭は首里城の中心部である。正面が「せいでん」、向かって右(南側)が
南殿・番所(なんでんばんどころ)左(北側)が「北殿(ほくでん)でこれらに囲まれた中庭広場の空間を
「御庭」という。年間を通じて様々な儀式が行われた広場である。御庭には磚(せん)敷き瓦という
タイル状のものが敷かれているが、この色違いの列は、儀式のさいに諸官が位の順に立ち並ぶ目印の
役割をもっていた。中央の道を「浮道(うきみち)」といい国王や中国皇帝の使者冊封使(さつほうし)等
限られた人だけが通ることを許された。写真の上に写っているのが北殿(ほくでん)政務の中枢機関である。
また冊封使を歓待した場所でもあった。

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左 南殿(なんでん) 二階建てが南殿。かつて、年間を通じて行催事などが行われ、薩摩藩の役人の
接待を行う場所としても用いられた。現在は王朝時代に製作された美術工芸品などの展示を行っている。
右 鎖之間庭園 書院・鎖之間と一体をなす重要なもので、城内で唯一の本格的な庭園。 






 
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by star-land9 | 2013-03-27 15:48 |
 黒糖工場を見学しました。
   
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 収穫されたサトウキビは二連式圧搾機にかけ搾っていきます。全重量の約75%がキビ汁で
 残りの25%が搾りカス(バガス)となります。写真がバガスの山。搾ったキビ汁を濾過して、
 キビ汁を煮詰めアクなどの不純物を取り除きながら煮詰めて飴状になるまで濃縮されます。
 濃縮したキビ汁を鉄板の中に流し込み、数分間で自然乾燥します。適当な大きさにカットし
 袋詰めして売られていました。
 次に万座毛見学 (まんざもう)
 恩納村にある万座毛は「万人を座する草原」(毛とは草原のこと)琉球王朝時代、尚敬王が
 「万人を座するに足る」と賞賛したことが名の由来。
    
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 海岸の絶壁、象の鼻の形をして高さ20mの隆起サンゴ礁の断崖打ち寄せる荒波は迫力満点。
 突き出し崖の上には緑の芝生が広がる。
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  遊歩道が整備されてはいますが所々断崖絶壁近寄れない場所もありヒヤヒヤ・・・・
 左 隆起サンゴ礁の断崖にうちよせる荒波とエメラルドの海に開かれた眺望。マリンジェットも
 右 ANAインターコンチネンタル万座ビーチリゾウト  環境省による快水浴百選
 一廻り15分程遊歩道を歩く草原、断崖絶壁そして眼下の海、東シナ海に面し沖縄海岸国定公園 
 もうしぶんなしの景勝地でした。
 最後に定番観光スポット首里城公園に
 かつての王朝文化を今に伝える絢爛豪華。琉球王国の政治、外交、文化の中心地として威容を誇った
 首里城。その中国と日本の築城文化を融合した独特の建築様式や石組み技術には
 高い文化的・歴史的価値が あるとされ2000年12月日本では11番目に首里城は世界文化遺産に
 登録されました。
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   左 守礼門(しゅれいもん)尚清王時代(1527~1555)  に 創建。扁額の「守禮之邦」とは、
  「琉球は礼節を重んずる国である」という意味。石造の門が多い首里城の中で赤瓦を二層に
  配した色鮮やかな門構えがひときわ目をひく。沖縄戦で破壊されたが1958年に再建され、
  沖縄観光の象徴として多くの人に親しまれているのに丁度台風で壊れ残念ながら
  守礼門の保存修理工事中にてカバーがかかりくぐっただけで、看板の写真を拝見でした。
  右 園比屋武御嶽石門(そのひやんうたきいしもん)ー世界遺産ー形は門になっているが
  人が通ることはなく石門の背後にある森が園比屋武御嶽石門である。
  国王が外出する際に安全祈願をする礼拝所。
  琉球の石造文化を代表する傑作で、まるで木造建築のような屋根の装飾が琉球石灰岩で
  見事な表現。琉球王府の最高位の神女の聞得大君(きこえおおぎみ)が斎場御嶽で即位式を
  おこなう際にもここで祈願したと伝えられています。沖縄戦で大破しましたが見事に復元。
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  歓会門(かんかいもん)首里城は内外2つの城郭にかこまれており、歓会門は外郭の
  最初の門にあたる。両脇に魔よけのシーサーが置かれているのはいかにも沖縄らしい。
  門を通って中国皇帝の使者”冊封使”(さっぽうし)など訪れる人への歓迎の意を込めて
  この名がつけられた。別名「あまへ御門」(あまえうじょう)
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   左 龍樋(りゅうひ)「めでたい泉」を意味する端泉門の    手前に ある湧き水で、名の通り
  彫刻の龍の口から水が流れだしている。王宮の飲料水として用いられ、「冊封使」(さつぽうし)が
  訪れた際には宿泊先の「天使館」にも毎日はこばれた。
  右 瑞泉門(ずいせんもん)瑞泉とは”立派なめでたい泉”という意味です。門の前にある湧き水
  「龍樋」にちなんで名付けられました。左右に置かれた方形の石壁の上に櫓(やぐら)を渡して
  門を構成。1470年頃の創建といわれ、戦前には国宝に指定されたが戦災で焼失。
  戦後、正殿とともに復元された。
 
  
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by star-land9 | 2013-03-25 09:34 |
  3日目ホテルにて部屋を出ると丁度日の出
    
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  3日間素晴らしい天候に恵まれ今日も楽しく過ごせるように・・・・とお願いし朝食に
  今日の観光先ず琉球村へ
  昔ながらの沖縄の風景を再現した民族村。
  村内に入ると昔ながらの赤屋根があり、サンシンや太鼓の音が聞こえます。
  民家の屋根や門柱に置かれている奇妙な顔をした獣像をシーサーと呼ぶ、中国から
  伝来した魔除けの獅子(ライオン)で当初は城内、寺社、王陵、集落の入り口などに置かれていた。
  19世紀末に民家にも赤瓦の使用が許されるようになると、屋根に獅子を魔除けとする風習が
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左 ミルク(弥勒) 村の繁栄や五穀豊穣、人々に幸せをもたらす、来訪神で、沖縄本島や周辺離島にみられる
芸能です。旧暦7月16日にミルク節と共に大きなうちわを持って村中を廻ります。
右 国王・王妃・三士官(王府の高官) 琉球王国国王、王妃、そして王府の高管である三司官を
先頭にパレードは進んでいきます。
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左 獅子舞 沖縄各地に残される祓い芸能の一つ。旧暦6月~8月までの旧盆や豊年祭に登場します。獅子を舞わせるのはワクヤーと呼ばれる者で、ドラやまりを使い舞います。遠くから投げたまりも素早くパクリと口にみごとでした。愛嬌のある獅子が迫力ある舞を見せました。
右 マミドーマ 農耕民たちのふるまいを取り入れ、クワやヘラなど農具を持ちにぎやかに踊る庶民舞踊。
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左 四つ竹 琉球王朝時代につくられ、今も受け継がれている宮廷舞踊で、
手には四つ竹という舞踊道具を持ち、紅型衣装をみにまとい優美に踊ります。
右 サーターヤー  サトウキビを搾る砂糖車以前沖縄の農村では砂糖小屋(サーターヤー)があり
牛馬に砂糖車を引かせて甘蔗(サトウキビ)をしぼっていました。今はここだけだそうですが
水牛を使い昔の製糖風景を残していました。
  
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舟舞台 二隻のサバに古くから沖縄に伝わる手漕き舟(オキナワのフネ)を使った舟舞台。
  
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旧仲宗根家築約200年1984年読谷村座喜味より移築。一般的民家上がってお茶などもいただけます。


    
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by star-land9 | 2013-03-24 17:55 |
 沖縄美ら海水族館続き
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  左チンアナゴ 全長40㎝ 潮通しのよい砂底に群れで
 生息。砂地からひょっこり顔を出す姿がユーモラス。 
 右サンゴの海世界初のサンゴの大規模飼育とそこに
 生きる生き物たちを、自然に近い姿で見られます。
 6月頃にはサンゴの産卵も・・・色鮮やかで個性的な衣装を まとった熱帯魚が泳ぎ回るサンゴ礁の水槽。
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  右マナティー館  人魚伝説のモデルとなった マナティーを飼育しています。
 マナティーは草食の哺乳類で大きな体に    にあわずとてもおとなしい動物。
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 オキちゃん劇場 大人気のイルカショー青い海を       バックに楽しい「イルカショー」をいろいろと
 楽しむことが出来ました。  
18時15分沖縄残波岬ロイヤルホテル到着
     
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残波岬読谷村の北西端、30mもの高さの断崖が約2㎞にわたって続く先端には、シンボル的存在である
白い灯台がどっしりと構える。周辺は公園として整備されレストランや売店、バーベキューの設備もある。
サンセットビューの名所としてもダイビングポイントとしても有名。
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残波岬夕景スポット ホテル8階ベランダより夕日を眺める。   
   
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by star-land9 | 2013-03-24 10:16 |
  定番観光スポットの海洋博公園・沖縄美ら海水族館(ちゅらうみすいぞくかん)
  1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会の跡地を整備した公園70haあまりの
  広大な園内には沖縄美ら海水族館を中心に植物園や郷土村が点在する。
    
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沖縄 美ら海水族館 「沖縄の海との出会い」がテーマ。世界最大級の水族館 

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  黒潮の海 複数のジンベエザメやマンタ,キハダ、カツオの群れが約70種16000匹の魚たちを
  観察7,500㎥を誇る水量は、25mプール約30杯分に相当、その規模は深さ10m・幅35m
  奥行き27m雄大な黒潮の海ダイナミックな出会いの大水槽。
 右はジンベエザメが立つ。迫力満点の大水槽。これはジンベエザメの食事風景。小さな餌を
 海水ごと吸い込み、フィルターで餌だけをこしとって食べる濾過(ろか)採食を行っています。
     
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 ナンヨウマンタ 沖縄名(ガマーカマンタ) 体幅500㎝ マンタと呼ばれる、エイ類の一種です。
 世界で初めて飼育に成功しました。巨大な水槽で悠々と泳ぐマンタや魚たちが優雅に泳いでいます。
     
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 イノーの生き物たち 「イノー」とは、沖縄の浅い海(礁池(しょうち)のこと。ここでは、ヒトデや
 ナマコ(黒色)などイノーにすむ生き物にじっさいに触れました。
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                                   大きくなり、食用以外にもはく製として 重宝されます。

     



       
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by star-land9 | 2013-03-23 10:10 |
a0202528_20244356.jpg ゴーヤーハウスにて昼食
   

 
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 右上 アグー生姜焼き  下はほろほろ琉飯 右上のご飯を茶碗に入れ右下の具材(モズク等)を
 のせてお鍋のだし汁をかけていただくとかスープがおいしくお茶かけ風でした。
 次にナゴパイナップルハウス。
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    これは偽の食べられない観賞用のパイナップル
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by star-land9 | 2013-03-22 20:20 |
  夕食をサムレストランにて
     
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沖縄の白身魚のシーフードと県産和牛ステーキ
    
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沖縄都ホテルにて宿泊
蘭の花が美しくさすがにどこにでも・・・・鉢植えがありました。
 2日目 ホテル出発9時
 先ず古宇利島 古宇利(こうり]島は平成17年2月に開通。半径約1㎞周囲が約8㎞の島。
 「古宇利大橋」を渡ってすぐ。サトウキビ畑や昔ながらの沖縄民家が立ち並ぶ、風情豊かな小島。
 約15分ほどで一周ドライブが楽しめる。
     
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 古宇利大橋 橋を渡り始めるときれいな海が広がり思わず声が・・・・きれいでした。バスの中から撮影。
 この橋は今帰仁村の古宇利島と名護市の屋我地(やがじ)島を結ぶ長さが1960m。無料で通行できる
 橋の中で長さ日本一の橋。橋が出来るまでは島の人は船で行き来していました。橋はほぼ直線で
 橋の入り口から見る古宇利大橋はエメラルドグリーンの海の真ん中に堂々としています。
     
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 橋の上からの景色もとてもきれいです。ガイド七色の海とか言うそうですが何色見えますかの
 質問に五つ以上見える人は目の検査に・・・と笑わせていました。
     
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今月海開きとはガイドさん話していましたが、ビーチでは散歩だけでなく水の中にも



           
               
 
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by star-land9 | 2013-03-21 16:16 |
  次に世界遺産斎場御嶽(せーふぁうたき) 14時45分~15時25分
  御嶽とは南西諸島に広く分布している「聖地」の総称で、斎場御嶽は琉球開びゃく伝説にも
  あらわれる、琉球王国最高の聖地です。御嶽の中には六つのイビ(神域)がありますが、
  中でも大庫理・寄満・三庫理は、いずれも首里城内にある部屋と同じ名前を持っています。
  当時の首里城と斎場御嶽との深い関わりを示すものでしょう。
  はるかなる琉球王国時代、国家的な祭事には聖なる白砂を「神の島」といわれる久高島から
  わざわざ運び入れ、それを御嶽全体に敷きつめました。その中でも、最も大きな行事が、
  聞得大君の就任式である「お神下り」でした。斎場御嶽は、琉球国王や聞得大君の新地巡拝の
  行事を今に伝える「東御廻り」(アガリウマーイ)の参拝地として、現在も多くの人々から
  崇拝されています。
  東御廻り(あがりうまーい)
  琉球民族の租といわれるアマミキヨ族が渡来し住みついたと伝えられる知念・玉城の聖地を
  巡拝する神拝の行事。
  御神下り(おあらおり)
  聞得大君が最高神職に就任する儀式。首里における儀礼を終え、大里間与那原(おおざとまじりよなばる)
  にあったいくつかの要所を経て、知念間切(ちねんまじり)にある斎場御嶽に入り、2日間に及ぶ
  数々の儀式を執りおこなった。
  聞得大君(きこえおおきみ)
  聞得大君とは「最も名高い神女」という意味で、琉球の信仰における神女の最高位の呼称。
  聞得大君は琉球王国最高位の権力者である国王と王国全土を霊的に守護するものとされた。
  そのため国王の姉妹などおもに王族の女性が任命されている。
     
     
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  砲弾池 沖縄戦時に着弾してできた池。
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  大庫理(ウフグーイ) 御門口から登っていくと最初の拝所。大広間や一番座という意味をもっており、
  全面には、磚(せん)の敷かれた祈りの場(ウナー)があります。
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  寄満(ユインチ)とは、王府用語で「台所」を意味しますが、貿易の盛んであった当時の琉球では、
  世界中から交易品の集まる「豊穣の満ち満ちた所」と解釈されています。
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三庫理(サングーイ) 二つの巨大な岩が重なり下の写真のようなトンネルになっています。
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  二本の鍾乳石と三角形の空間の突き当り部分は、それぞれが拝所となっています。
  斎場の御嶽のシンボルであり静けさの漂う場所。半三角形の同門の奥の光が射し込んでいて
  独特の雰囲気。同門は約1万5千年前におこった地震の断層のずれからできたと言われて
  いるようです。
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  三庫理から眺める久高島。
  この後時間に余裕が出来たので、国際通りを散策しました。
     
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モノレール 那覇空港駅より首里駅をむすぶ、ゆいレール。
     
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  国際通り 国際通りは沖縄随一のメインストリート。見る。買う。食べる。飲む。遊ぶ。
  あらゆるお店が軒を並べていました。
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by star-land9 | 2013-03-20 11:10 |
 昼食後摩文仁の丘に(マブニのおか)
 摩文仁の丘を背景にした「平和の丘」モニュメント。この隆起珊瑚礁の丘陵は沖縄防衛の陸軍
 第32軍最後の地となったところである。現在は「平和の広場」として整備されているが、かつては
 この地で米軍戦車と爆雷を抱いて突進した、日本軍兵士との死闘が繰り広げられた場所なのである。
    
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平和祈念公園 平和への祈りをささげようと沖縄戦最後の激戦地となった摩文仁の丘に造られた
広大な公園。平和祈念堂は正七面体角錐型で延建築面積1,571㎡ 高さ45mの 
鉄骨鉄筋コンクリート造り。美しい花と緑が広がる園内には犠牲者の遺影や遺品などを展示する
沖縄県平和祈念資料館、戦争犠牲者の名を刻む平和の礎などがあります。
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島守の塔。太平洋戦争沖縄県職員戦没者慰霊塔
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岡山県の塔 太平洋戦争中、沖縄南方諸地域で戦没した岡山県出身者33,799名を祀るうち
沖縄戦での戦没者は1578名。塔は岡山県産の銘石北木島の御影石製。合掌式の上屋が塔を
覆っている。これは激しい風雨から「みたま」を護り、安らかな眠りを誘うという形を表している。
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摩文仁の丘と海 沖縄の海が見渡せる絶景唯一の地上戦が行われた場所では有りますが
それとは別としてとても眺めの良い丘の上にあり南部のこの地域は浜ではなく波が打ちつけられる
岸壁のように続いています。
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平和の礎 沖縄戦で亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ記念碑。
摩文仁の丘とその周囲は平和祈念公園となり、広場には国の内外、軍民間を問わず沖縄戦で
亡くなった人々の名を刻んだ「平和の礎(いしじ)」と名づけられた記念碑が屏風状にかつて
多くの人が身を投じた海に向かって立ち並んで見えています。
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平和の丘
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昭和54年戦没者を永く追悼するため摩文仁の丘に新たに造られた国立沖縄戦没者墓苑に
遺骨が移されました。納骨堂には約18万余柱の遺骨が納められ参拝者が絶えません。
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平和の火 平和の礎が配置された石碑は、ここを中心として放射状 に並べられています。
米軍の沖縄初上陸地である阿嘉島で採取した火と、広島の平和の灯、長崎の誓いの火を合火し
1995年の「慰霊の日」にここに点火したものだそうです。消えているように見える時もありますが
中心には種火がついていて記念式典などの時に火を大きくするそうです。
水の下にはアジア地域の地図が描かれていて、円の中心が沖縄になるようになっているそうです。


    
    
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by star-land9 | 2013-03-17 20:46 |